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チリワインの産地地図を塗り替えた2人のイタリア人/ビーニャ ファレルニア(経営企画室 前原森生)

〈左:ジョルジョ フレッサティ 右:アルド グラモラ〉2010年ワイナリー訪問時の写真

2017年の生産者訪問ブログも終わってしまいました。また今年も生産者訪問を予定していて、2018年の生産者訪問ブログは4月ごろから投稿予定です。それまでの2か月ほどは、まだブログに掲載のない生産者を詳しくご紹介いたします。

今回は、チリ北部のワイン生産地エルキ ヴァレーの、ビーニャ ファレルニアをご紹介いたします。それまで誰もワイン生産地として手を付けなかったエルキ ヴァレーがいかにユニークな土地であるか、祖国イタリアを離れ、過酷な環境でのワイン造りに情熱を注ぐ2人のイタリア人の想いを、皆様にもお伝え出来れば幸いです。

ビーニャ ファレルニアはまだまだ若いワイナリーです。1998年にワインメーカーのジョルジョ フレサッティと従兄弟のアルド オリヴェ グラモラが設立しました。ファーストヴィンテージは2001年で、ワイナリーが完成したのは2003年のことです。

〈チリワインの産地地図を塗り替えた〉
ビーニャ ファレルニアはチリ北部エルキ ヴァレーのパイオニアであり、彼らが一番最初にこの地にワイナリーを設立しました。なぜならチリワインの産地の中心は、首都のサンティアゴから南に集中してあり、エルキ ヴァレーのような北には、誰もワイン造りをしている生産者はいなかったのです。当初は他のチリの生産者たちに、「あの二人のイタリア人は愚かだと」批判されましたが、信念を貫き通しました。彼らが品質の良いワインを造り始めたことで、エルキ ヴァレーは、チリ最北端の新しいワイン産地としてワイン地図に記されることになりました。

何故この地でワイン造りを始めたかというと、2人の歴史に理由があります。
1951年にアルドはイタリアから、家族と共にチリに移住しました。当時のイタリアは第二次世界大戦で荒廃しており、より良い環境を見つけなくてはならなかったのです。1972年からアルドはエルキ ヴァレーに移り住み、チリの蒸留酒である「ピスコ」のための葡萄栽培を行っていました。
そして、1995年にジョルジョ フレッサティが初めて従兄弟のアルドのもとを訪ねたのです。当時、ジョルジョはイタリア北部トレンティーノの大手ワイン会社でワインメーカーとして働いており、20年以上の経験がありました。アルドが栽培するピスコ用の葡萄を、ジョルジョが畑で食べたところ、その葡萄はとても複雑で味わい深いものでした。「こんなに素晴らしい葡萄ができるのなら、ワインを造ればきっと面白いだろう。」と考え、アルドにワイン造りの話を持ちかけました。観光で訪れたエルキ ヴァレーでしたが、ジョルジョ フレッサティは、わずか2時間の間でこの地でのワイン造りを決意し、さっそく気候や土壌の調査を開始したのです。




〈映像〉エルキ・ヴァレーへの道
とても険しい山道で、街からワイナリーに行くにも一苦労です。


〈唯一無二の葡萄栽培地、エルキ ヴァレー〉
◎気候
年に1~2回しか雨の降らない上に、よく風が吹くため非常に乾燥しています。年間降水量は僅か50mmほど。灌漑をしない限り植物は育たず、山には木も草も生えていません。
そのため、大昔からこの土地ではアンデス山脈からの雪解け水が欠かせません。約800年前のインカ帝国時代に造られた水路(写真右上)を今でも灌漑用水路として利用しています。また、ワイナリーの裏には雪解け水を溜めておく為の人口貯水池(プラクロ湖)があります。


◎畑と土壌
・ティトン
標高350mで海岸から近く海からの冷たい風のため、標高が最も低いにもかかわらず一番冷涼な畑です。また、年間200~220日も午前中に霧が出て、樹に湿度を与えます。さらに霧は強すぎる日差しを遮るため、気温が5~7度下がります。その結果、ゆっくりと成熟がし、より良い葡萄が育ちます。この畑ではセミヨン、リースリング、シラー、サンジョヴェーゼ、ソーヴィニヨン ブランを栽培しています。
・プラクロ
標高515mで、プクラロ湖(人口貯水池)から近く、ワイナリーのすぐ裏に面しています。ティトンよりも内陸にあるため、霧はほとんど発生せず、さらに乾燥しています。日中はとても暑いのですが、夜になると急激に気温が下がります。シラーと少しのヴィオニエ、ピノ ノワールを栽培しています。


・ペドリスカル
標高650mです。ビーニャ ファレルニアにとって非常に重要な畑です。整備に2年かけ、川の流れを変え、畑を造りました。土壌は、川石が多く砂質で、グラーヴやシャトーヌフ デュ パプに似ています。やせた土壌で、ミネラルが多く含まれています。昼と夜の気温差が激しく、カルムネールに最適です。



・ホワンタ
標高1700~2070m、面積は30haです。おそらく世界で最も高い場所にある葡萄畑のひとつです。日中は焼けるほど暑く、日が落ちると急に寒くなるという、寒暖差の激しい場所です。水源があり、1500年前インカ時代の石で造った水路を利用しています。ペドロ ヒメネス、ムスカテル、ソーヴィニヨン ブラン、カルムネール、シラーを栽培しています。


このように標高が異なる、様々なエリアの畑を所有しているため、たとえ同じ葡萄品種であっても、全く異なる味わいの葡萄を作ることができるのです。「標高が異なる」ということは、ビーニャ ファレルニアとって非常に重要なポイントです。例えば、ヨーロッパのワイン生産地域では普通、標高が高くなればなるほど冷涼な気候になるため葡萄の成熟が遅く、収穫時期も遅くなります。しかし、エルキ ヴァレーでは全く逆で、標高が高ければ高いほど葡萄の成熟が早く、低ければ低いほど成熟が遅れます。なぜなら、標高が低い海岸近くのエリアではフンボルト海流の影響で、海から冷涼な風が吹くため気温が低くなり、標高が高いエリアの方が日照が強くなり、暖かいからです。

〈映像〉ペドリスカルの畑
2010年に現地訪問したときに撮影した映像です。エルキ川が流れており、そのそばを野生の馬が歩いています。スペイン語で「石のある場所」を意味するとおり、丸石が散見されます。


おすすめワイン
〈無名の地を一躍注目させたワイン〉
・シラー レセルバ 品番:W-033
エルキ ヴァレーで初めての商業用にリリースされたシラーであったこのワインの’02VTが、「ワイン オブ チリ アワード2005」で最高賞(Best in Show)、つまりその年のチリワインの中で最高の評価を受けました。「無名な地での今までの苦労が報われ、生活が一変しました。それまで、ワイナリーに試飲にくるジャーナリストやワイン関係者などいませんでしたが、この賞により、一躍注目を集めました。」とフレッサティは話していました。
〈エルキ川の流れを変えてまで開墾した畑〉
・カルムネール レセルバ ぺドリスカル シングル ヴィンヤード 品番:W-068
ペドリスカルとは「石のある場所」と言う意味で、その名の通りもともと川底にあり、石ころだらけの場所でした。畑の中央に流れていたエルキ川を、山沿いへと移動させたのです。上の写真が整備前の状態で、下が現在の畑の様子です。整備に2年をかかりました。全体的にカルムネールに適した土壌で、さらにその中でも最も条件の良い区画を選び出して、このワインにしています。
〈徹底した調査から得た、最適なテロワールへの理解〉
ビーニャ ファレルニアで驚くべきことは、12種類以上もの葡萄品種を育ているにも関わらず、そのどれもが高品質なところです。ソーヴィニヨン ブラン、ペドロ ヒメネス、カルムネール、シラー、ピノ ノワール、マルベックと6つの異なる品種を使用したワインで、世界的な賞を獲得しています。半径50kmのエリア内で栽培する6つの異なる葡萄品種がすべて賞を獲得するということは、とても珍しいことです。
彼らの成功の秘密は、ワイナリーを設立してから15年間、多種多様な土壌をくまなく調査し、それぞれの土壌に適した葡萄を植えたからです。しかし、過去にワイン造りをした人は誰もいないので、全て自分たちで調査しなければなりませんでした。ひとつひとつ穴を掘り、必要であれば川の流れまで変えました。これは、時々ワイナリーに来るだけのワインメーカー(コンサルタント)では決して実現することは出来ないでしょう。
さらに、ビーニャ ファレルニアでは、160個のタンクと1,000個の樽を所有しており、ワイナリー設立当初からすべての区画ごとにタンクを分けて醸造しています。土壌調査と、区画ごとに醸造することを15年間続けることによって、エルキ ヴァレーのことを深く知ることができたのです。「ヴィンテージによるばらつきが少ない区画はどこである」とか、「冷涼なエリアだからピノ ノワールに適している」といったことは、これらの長年の調査なくして決して知ることはできなかったでしょう。

最後にジョルジョ フレッサティが2016年に来日した際にお話しいただいた、彼の情熱が伝わる印象的なストーリーをお伝えします。

「数年前のある日、一人の男性が、ビーニャ ファレルニアへとやってきて1時間ほど試飲をしました。彼は終始つまらなそうな顔をしていたため、私はてっきり私達のワインには興味が無いのだな、と思っておりました。しかし、彼は一通りテイスティングを終えると、『私はこのワイナリーを買収するためにやってきた。』と言いました。私はとても驚きましたが、『あなたは、このワイナリーを買えるほどのお金を持っていません。』と、はっきりと答えました。すると男性は顔色を変え『君は私がどれほどの金を持っているか知らないだろう!』と言い放ちました。それでも私は『いや、あなたは私のワイナリーを買えるほどのお金を持っていませんよ。』と言いました。彼は烈火のごとく怒って『私は君ごと、このワイナリーを買いたいのだ。』と言うのです。『よく聞いてください。おそらく、あなたは大金持ちなのでしょう。欲しい物は何だって買うことができるのでしょう。しかし、世の中の物すべてをお金で買えるわけではありませんよ。私のワイン造りに対する情熱だけは、決して買うことはできません。このワイナリーはお金儲けのために造ったわけではないし、売り物ではないのです。』私がそう言うと、男性はさっさと帰っていきました。」

私自身、何度かジョルジョ フレッサティにお会いしているのですが、60歳を越えているとは思えないほど若々しく、エネルギッシュで、情熱に満ちています。今後も彼の造るワインには目が離せません!

ビーニャ ファレルニアのワイン一覧

経営企画室 前原森生

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