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マス デ ブレサド来日テイスティングセミナー①

2018年2月、フランスのコート デュ ローヌ地方、コスティエール ド ニームよりマス デ ブレサドのオーナーであり醸造家のシリル マレスを招き、テイスティングセミナーを開催致しました。
セミナーでは、マス デ ブレサドのワイン造りの哲学を6種類のワインを交えて詳しく紹介いただきました。世界的発明者も生んだマレス家の歴史から、コート デュ ローヌ最南端のワイン生産地コスティエール ド ニームのテロワールまで、ひた向きなシリル マレス氏のワイン造りに対する情熱を語っていただきました。その内容をお伝えいたします。

●コスティエール ド ニームの場所
コスティエール ド ニームは、フランス南部コート デュ ローヌ地方に属しています。コート デュ ローヌは南北に約200kmと縦長ですが、コスティエール ド ニームは地中海に面する、最も南側に位置しています。
 もともと「ローヌ」というのは、この地方を流れるローヌ川に由来しています。スイスから始まり、アルプスを超えて、地中海まで抜ける川です。このローヌ川が私たちのテロワールを形成する非常に大切な役割を果たしています。また、付近の行政区を分ける役割も果たしています。例えば川の西側にはランドック ルション、東側にはプロヴァンス、そして北部にはローヌとこの地域を3つに隔てる役割を果たしています。

マレス家の歴史
 さて、次に私がマス デ ブレサドを継ぐまでの、家族の歴史を話しいたします。確認できる限りの一番古い文書によると、マレス家は1240年代には、既にラングドックの地に住んでいたという記録が残っており、ワイン造りに関しては1760年代より作り始めたという記録が残っています。

●うどん粉病対策を発明した人物、アンリ マレス
 長い家族の歴史のなかでも、とりわけ功績を遺した人物をご紹介いたします。私の高祖父にあたるアンリ マレス(1820-1901)です。彼はモンペリエでワイン造りを行うかたわら、政治家でもあり、また19世紀にフランスをはじめヨーロッパで活躍した研究者でもありました。彼が残した最も大きな功績というのは、ウドンコ病の対策には硫黄を使うと効果があることを発見した事です。この方法は、昨今特に注目を浴びているビオディナミ農法で唯一認められている病害対策でもあります。ですから、高祖父が亡くなった今でも、うどん粉病が発生する春になると世界中の栽培者から感謝されるのです。
また彼は、今や世界中で使われるワクチンの開発に携わり、医療革命を起こしたとも称される人物、ルイ パスツールとも交流がありました。


●2世紀以上を経てたどり着いた土地、コスティエール ド ニーム
 このように私たちマレス家は2世紀以上の間、ワイン造りに関わってきた訳ですが、必ずしもワイン造りの場所は同じではありませんでした。高祖父アンリ マレスは、弟のポール マレス(1825-1900)とともに、北アフリカがフランスの植民地になったことをきっかけに、よりよい葡萄栽培地、新しいテロワールを求めて北アフリカに入植しました。そして1世紀ほど後、北アフリカがフランスから独立したころに私の祖父と父が更により良いテロワールを求めてボルドーのオー メドックに移住。その後、私の父・ロジェ マレスがまた新たなテロワールを求めて、現在のコスティエール ド 二ームの地へとたどり着きました。つまり、マレス家が2世紀以上かけてより良い葡萄栽培の地を求めてたどり着いたのがコスティエール ド ニームともいえるでしょう。


●1996年、27歳で父からワイナリーを引き継ぎ、オーナーへ
 そしてこの長い家族の歴史を引き継ぎ、1996年からマス デ ブレサドの現オーナーを務めているのが私、シリル マレスです。私はワイナリーとともに育ち、まさに私自身がこのコスティエール ド ニームのテロワールの産物とも言えるでしょう。小さな頃から食卓にはいつもワインが並んでいましたし、セラーに遊びに行けば父がワインづくりをする姿がありましたので、ワインは自分にとって幼少の頃から大変身近な存在でした。
 そして「自分もワイン造りをしたい」という想いから、農学と醸造学の学位を修めました。また、ワイナリーを継いた暁には、長期間マス デ ブレサドでのワイン造りから手を離すことは出来なくなるだろうという覚悟から、あえてフランスから遠く離れたカリフォルニアとチリでもワイン造りの勉強を行いました。そして、1996年に父からマス デ ブレサドを継ぎ、現在に至ります。


私たちマス デ ブレサドは本当に小さな家族経営で、常時スタッフは10名以下で作業を行っています。ですから、私が畑の管理から、醸造、ブレンド、商品化などすべての管轄を行っています。先ほどから申し上げているように、私の家系はどっぷりとワイン造りにかかわっているわけですが、実は私の妻もマス カルロ(Mas Carlot)という近くの別のワイナリーでワイン造りを行っています。
現在は私がオーナーとして行っているワイン造りですが、歴史はおそらく続いていくことでしょう。写真は10年ほど前のものになりますが、私の4人の子供たちの写真です。私がそうだったように、彼らも週末になると幼いころからワイナリーでの作業を手伝ってくれていました。一番末っ子の息子(写真上)は12歳になりますが、今のところ「自分もワイン造りがしたい」と彼は言ってくれています。

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2018年8月

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