生産者情報 ―producer―

ドメーヌ ブスケ

  • アルゼンチン
  • メンドーサ

標高1,200mの畑から生まれる、エレガントでしなやか、奥深い味わいのワイン

ジャン ブスケは1948年に南フランスのカルカッソンヌで生まれました。ワイン農家の3代目の彼は、20年にわたる努力の結果、立派な葡萄園を育てあげ、商業的にも成功をおさめました。しかし、それで飽き足らなかった彼は、さらに優れた品質を追い求めるうち、理想の土地を探すため世界中のワイン産地を旅して回るようになり、アルゼンチンのメンドーサのトゥプンガトに辿り着きました。当時、メンドーサには、標高350mほどの場所には葡萄畑がありましたが、標高1,200mのトゥプンガトには葡萄の樹など1本もなく、ましてワイナリーなど存在しませんでした。「アルゼンチンに行くと言ったら、フランスではあんな国に行くなんて、とバカにされ、アルゼンチンに来たら、アルゼンチンの人からも、なぜこんな何もない場所でワイン造りをするんだ?フランスの地を捨ててまで、とバカにされました。ところが、始めはクレイジーだと言っていた人々が、今では真似しています」。何もない土地に葡萄を植えるところからスタートしたので、ワインができるまでには時間がかかりました。植えてからすぐにワインを造れる葡萄が収穫出来るわけもなく、お金を作るために、苗木を販売する仕事をしたり、土地を売ったりしていました。「5年目で初めて収穫できた時は、嬉しくて泣いてしまいました」。
標高の高い畑だからこそ生み出せるジャン ブスケのスタイルは、エレガントでしなやかな奥深い味わいのワインです。畑の奥にはアンデス山脈が連なって、冷涼な気候と変わらない新鮮な空気をもたらします。この環境のおかげで、収穫期の葡萄の成熟は平地より遅く、その分ゆっくりと熟すため、糖分だけでなく「旨み」となる様々な成分(酸、ミネラル等)が豊富に含まれていきます。気温の高い場所で同じように摘み取りを遅くすると、葡萄は過熟気味になってしまいバランスを失います。涼しく風通しが良いため全く農薬の必要がないこと、またさまざまな土着品種のテイスティング、降雨量や土壌の調査を行った結果、そこは正に彼が確信する理想の土地でした。葡萄の苗は、マルベック以外はフランスから持ってきたものです。マルベックだけはアルゼンチンの苗の方が適していたからです。当初、涼しいトゥプンガトはピノ ノワールとシャルドネに適していると考えていたそうですが、植えてみたらカベルネ ソーヴィニヨンも、マルベックも素晴らしい葡萄になりました。
醸造は、トゥプンガトのセラーで行っています。彼らのワイン造りは、飽きることなくベストな醸造法を試し続けています。そのワインの品質は明らかに現在進行形で向上してきています。ブレンドは全て葡萄の段階で行います。ワインになってからブレンドするよりも、よりそれぞれの葡萄の個性が調和し、味に一体感が生まれます。ジャンのラングドックの経験から、そうしています。赤のマセラシオンは、いくつかの方法で行います。①コンクリートタンクでルモンタージュ、②400Lの樽を回転させる、③大樽で手とポンプを使用等。その後、それらをブレンドします。
ジャンは、ドメーヌを引退、新たに150haの畑を買って葡萄栽培をしています。ドメーヌは、セールスを担当していたラビッド アメリとアンヌ ブスケ、そして義理の兄弟が引き継ぎました。ワイン造りは、昔からいる常駐のワインメーカーが中心になって行い、ジャンもブレンドチームの一員として加わるため、品質は変わりません。

Data

歴史 1997年 フランス人のジャン ブスケがトゥプンガトに土地を購入。
1998年 葡萄樹を植樹。 
2003年 初の収穫。
2004年 醸造設備のほとんどをフランスから取り寄せ、自分達だけでワイン造りを開始。
オーナー アンヌ ブスケ : 社長。ジャンの娘。2008年より参加。
ラビド アメリ  : アンヌの夫。CEO。共同設立者。2004年より参加。
栽培 海抜1,200メートルの涼しくて風通しのよい畑では、葡萄果の腐敗はなく、カビの発生もほとんどありません。従って、全く農薬の必要性がないのです。このことは、彼がフランスからアルゼンチンにワイナリーを移す決定的な要因となりました。
ワイン造りの物語 ドメーヌ ブスケのワイン一覧
取り扱いワイン

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