【現地視察レポート】クラシック&モダンなワイン造り。その鍵は「リースリングへの愛」⁉ “マイアーラー”(経営企画室 藤野晃治)
当主のマティアス マイアーラー。パウリンスベルクの葡萄畑にて撮影。
モーゼルは時代遅れなのか?
「モーゼルの牛たち(Moselochsen)」――。2013年8月23日、ドイツを代表する日刊紙である「FAZ誌(フランクフルター アルゲマイネ ツァイトゥング)」において、Jakob Strobel y Serra氏が書いた記事“Der Schönheit wohnt der Schrecken inne(美には恐怖が内包されている)”が、業界に大きな嵐を巻き起こしました。内容は、モーゼルの景観の美しさを称賛しつつ、特に“時代遅れの”観光業について厳しく批判したものでした。さらには、モーゼルの人々の頑固な性格を揶揄して「モーゼルの牛たち(Moselochsen)」と呼び、侮蔑するような表現があったことが、地元の人々の怒りを買いました。これは今でも、“Moselochsen事件”として語られています。
しかし、この記事がもたらしたものは、決して悪いことばかりではありませんでした。モーゼルの若手醸造家団体「Moseljünger(モーゼルユンガー:モーゼルの弟子)」の主要メンバーは、この記事を目にして、すぐに行動に移しました。2014年9月、「Mythos Mosel. Eine Riesling Reise(ミュトス/ミトス モーゼル:モーゼル神話。リースリングの旅)」と題し、モーゼルの素晴らしいワインの数々を一挙に楽しむことができるイベントとして共同開催したのです。このイベントは大反響を呼び、今では聖霊降臨祭の次の週末(6月中旬頃)に毎年開催される一大イベントとして定着しました(ちなみに弊社取り扱い生産者では、カール エルベスやハイン、フリッツ ハーク、シュロス リーザーも参加しています)。――そんな「Mythos Mosel」をメンバーとともに企画し、責任者として成功に導いた人物こそが、ケステン村のヴァイングート マイアーラーの現当主、マティアス マイアーラーなのです。
マティアス マイアーラー
2019年に訪問してから6年。さらに当主としての貫禄が出ている。
ヴァイングート マイアーラーは、1767年にケステンに設立された老舗のワイナリーです。マティアスは8世代目にあたります。父のクラウスと二人三脚で仕事をしていますが、クラウスは76歳と高齢のためマティアスが中心となって働いています。葡萄畑の面積は7.5haです。ワイナリーは、ブラウネベルクの隣村ケステンに位置しており、パウリンスホフベルクやパウリンスベルク、またさらに隣接するオサン=モンツェルのローゼンベルク(祖母から受け継いだ)等の葡萄畑から、素晴らしいリースリングのワインを生みだしています。また、保管スペースを拡張したことで、バックヴィンテージのストックができるようになりました。今後は、10年熟成させた貴重なワインのリリースも行うそうです。
マティアスは1982年生まれ。ガイゼンハイム大学の卒業後、2003年から2013年まではブラウネベルクのフリッツ ハークで働いていました。しばらくの間、実家のワイナリーの手伝いとフリッツ ハークでの仕事という二足の草鞋を履く生活をしていましたが、2008年にDLG(ドイツ農業振興協会)の“Jungwinzer des Jahres(今年の若手ワインメーカー=最優秀若手醸造家賞)”に選出されたことで、マティアスの意識が変わりました。それ以来、実家のワイナリーでの仕事に力を入れるようになったそうです。ちなみに、弊社がマイアーラーのワインを輸入し始めたのは2019年のことでしたが、実はマティアス自身は、フリッツ ハークでの勤務時代にすでに弊社のことを知っていたそうです。
「フリッツ ハークでの7年間は、とても良い経験になりました。特に、先代のヴィルヘルム ハークからは多くのことを学べましたよ。たとえば、甘口ワインはアルコール度数が7.5%前後程度になった時に発酵を止めるために、そのことをあらかじめ計算してから葡萄を収穫する、などです。辛口は私のスタイルですが、甘口はフリッツ ハークで教わったスタイルで造っています」とマティアスは話します。もちろん、ブラウネベルクとケステンは隣村とはいえ異なる特徴があり、フリッツ ハークと同じような味わいというわけではありませんが、この時の教えがマイアーラーのクオリティの高さに一役買っていることは間違いありません。
ケステナー パウリンスベルク。ワイナリーの裏手にある。
ワイナリーを訪ねると、さっそくマティアスが葡萄畑を案内してくれました。こちらはケステン村のパウリンスベルクという葡萄畑の一部で、2006年に植樹した区画です。主にファインヘルプなどに使用しているそうです。この区画の左側にはシュペートレーゼ用の区画もありました。「畑は少しだけ増やしました。ただ父が高齢で、息子もまだ小さいので工夫しています。レンタルしていた畑をやめて、遠くの畑を売って近くの畑を買うようにして、効率的に畑仕事ができるようにしました。現在、所有する畑の半分はワイナリーから徒歩ですぐに行ける場所にあります」とマティアス。畑にはカバークロップを植えることで乾燥を防ぎ、地中の保水量を保っています。
「畑の上部を見ると分かると思いますが、さらに保水力を高めるために藁を撒いています。今(4月)は剪定などの冬の仕事を終えて芽吹きを待っているところですが、もう少し土壌の掘り返し作業を行う予定です。来週には芽吹きが始まると思います。ただ、滅多にないことですが今年は1月末からずっと雨が降っていません。もう少し降ってくれればちょうどよいのですが……掘り返しをしていると、土に水分が足りていないのが分かります」とマティアスは話していました。モーゼルのような地域でも、日本と同じように暑さや乾燥への対策がなされており、気候変動の影響を実感します。
パウリンスベルク側からモーゼル川を見た風景。桃色の花弁をつけた木は、この地域特有の桃の木とのこと。
果肉まで赤く、普通の桃よりも香り高いらしい(いつか食べてみたい)。
「地球温暖化は、私たちの葡萄畑にとっては今のところ良い影響をもたらしています。この辺りでは、1980年代は葡萄があまり熟しませんでしたが、今では8月末~9月末までには収穫できるほど熟してくれます。葉を多く残して日焼けを防ぐなど、畑で作業を行なえば対応できるレベルで、今は余力がある状態といえます。しかし今後、非常に極端な気候になることを考えると、さらに素早い対応が必要になってくるでしょう。たとえばモーゼル川の氾濫は、昔は12月~1月頃に起きていましたが、2021年や2024年には5月や7月という暑い季節に起こりました」。
“ローテク”で“映えない”けれど……凄いワインを生むセラー
ひんやりと涼しいセラー。1767年以来、ずっと使用しているという。
個人生産者のセラーという感じで、逆に“映える”。
続いて、セラーの見学に移ります。葡萄畑を見学した直後だからかとても涼しく感じられましたが、実際に気温は10度くらいでした。このセラーは1767年の設立以来、ずっと使い続けているそうです。モーゼル川の氾濫対策のためなのか、地下ではなく地上にあります。実際に1993年の洪水ではこのセラーまで水が上がってきたそうです。マイアーラーは、すべてのワインを野生酵母で発酵させているため、発酵にとても長い時間がかかります。今回試飲したサンプルも2023VTが中心で、2024VTはまだほとんどのワインが発酵中とのことでした。
「ローテクですし、“映える”セラーではありませんが……。私たちは自然に任せて、時間をかけて伝統的なワイン造りを行なっています。これから気温が上がってくると、発酵も進んでいくでしょう。ただ、2024VTは4月の霜害の影響で収量減となりましたので、こちらのタンクすべてにワインが入っているわけではありません。皆さんが2019年に訪問してくださった時との違いは、樽が増えたことですね。ほとんどのワインはステンレスタンクで発酵させますが、シュペートレーゼや、アルテ レーベンやGGといった上級品の辛口ワインは樽で発酵させています。また、2021VTから生産しているピノ ノワールにも使用しています。こちらは本当に趣味のようなもので、生産量は900本のみです」。
250年にも及ぶマイアーラーの歴史で唯一の赤ワイン。興味深いワインでしたが、今回は取り扱いには至りませんでした。
「リースリング愛」が、クラシックとモダンの2つの扉を開く鍵
キャップシールの色でワインの種類を区別。トロッケンは白、ファインヘルプと独創的なラインナップは黒、甘口はピンク。
マイアーラーのワインは、フリッツ ハーク仕込みのクラシックなスタイルと、マティアスらしさが詰め込まれた自由でモダンなスタイルの2つのラインナップがあります。クラシックなラインナップはラベルデザインも控えめです。さらに、スクリューキャップの下部に白字で「meierer」と入っていますが、これも目立たなくするそうです。一方で、自由でモダンなスタイルのワインは見た目からして印象が異なります。ペット ナットの「OMG!」、オレンジワインの「WTF!?」、そしてビールに使うモザイクホップを漬け込む「HOPS」があり、このラベルの文字を少しだけ大きくしたそうです。実はマティアスは、2011年からデンマークのゴーストブリュワリー「ミッケラー」とコラボしており、彼らのビールに使用するためのリースリングを提供しています。このこともあり、ホップを使用したワインを手掛けているのです。
私はワイナリーを訪問するまでは、この極端な二面性が面白いと感じていました。フリッツ ハークという、いわば正統派モーゼル リースリングのトップ オブ トップ(つい先日、「ヴィヌム」主催の「ザ リースリング チャンピオン2025」でチャンピオンにもなりました)で修業しているのに、全然違うスタイルのワインを手掛けていたからです。マティアスが手掛ける2つのラインナップ、すなわちクラシックとモダンは、一見すると相反するもののように思えます。しかし今回の訪問で、この2つを結びつける1つのキーワードを得ることができました。それがこの記事のタイトルにもある「リースリング愛」だったのです。
ペット ナットのOMG!は「こんな顔のリースリングもあるんだよ」、オレンジワインのWTF!?は「果皮浸漬というセラーでの仕事を行うことで全然違うワインになるし、フードペアリングの幅が広がる」、そしてホップを漬け込むHOPSは「ソーヴィニヨン ブランのようでもあるが、味わいはリースリングという面白いもの」と、マティアスは楽しそうに話していました。“マティアスらしい自由なワイン”。実はその目的は「リースリングの新しい表現」、「リースリングの可能性を見せること」にありました。モーゼルらしい伝統的なスタイルも大事だが、そうでないものがあっても良い――。クラシックとモダン、相反するように見える2つを結び付けるマティアスの「リースリング愛」が存分に感じられる視察となりました。
リースリングについて熱く語るマティアス。
そして最後に、マティアスが話してくれた哲学をお伝えします。マティアスの「リースリング愛」は自己満足的なものではなく、極めて論理的なものでした。現状に満足することなく常に挑戦を続ける生産者でありながら、遥か先の未来を見据え、明確に道を歩んでいく――マイアーラーのワインはどれも本当に素晴らしいのですが、それだけではなく、マティアス マイアーラーという人物も含めて、ファンになってしまう訪問となりました。皆様もぜひ、リースリングの面白さをマティアスのワインとともに知っていただければ幸いです。
「白葡萄については、リースリング以外の葡萄品種を植える予定はありません。私は、葡萄を植える時、そこで80 年続けられなければならないと考えているからです。たとえば今、ソーヴィニヨン ブランを植えたとしたら、80 年後も続けているのでしょうか。ケステンから上流に行ったところにシュナン ブランを植えている人や、13 種類の異なる葡萄を植えている友人もいますが、それについて私は、どうなのかな? と思っています。今では色々なワインが造られています。ドイツ国内の消費者の方も、色々なワインを飲んでいる人が多いです。そんな方がリースリングを飲みたいと思って探すとしたら、それはきっとドイツかアルザスだと思います。だからモーゼルのリースリングには需要がありますし、私にはリースリングをどう扱うべきかのノウハウがあってリースリングのことはよく分かっています。だからリースリングを続けていきたいのです」。
株式会社稲葉 経営企画室 藤野 晃治
リースリングと粘板岩土壌はモーゼルの象徴だが、出来上がるワインのスタイルは様々だと実感できた。
■ラインナップ
・ケステナー リースリング トロッケン 【白・辛口】
・ヘイデンロッホ リースリング グローセス ゲヴェックス 【白・辛口】
・モーゼル リースリング ファインヘルプ 1L 【白・やや辛口】
・ケステナー リースリング ファインヘルプ 【白・やや辛口】
・ケステナー リースリング カビネット 【白・甘口】
・ケステナー パウリンスベルク リースリング シュペートレーゼ 【白・甘口】
・ケステナー パウリンスホフベルク リースリング アウスレーゼ 【白・甘口】 ※2025年10月~11月頃入荷予定
・リースリング OMG! ペット ナット 【白・微発泡・辛口】
・リースリング WTF!? 【白(オレンジ)・辛口】
・リースリング HOPS 【白・辛口】 ※2025年10月~11月頃入荷予定
マイアーラーの情報(生産者詳細)はコチラから!
★次回は、モーゼル・ピースポートの生産者、「ハイン」をご紹介します。